1/24秒計 ストップウォッチ(実機)製作者、村田和也氏へのインタビュー
日 時: | 2009年4月7日 |
場 所: | (株)サンライズ 第一スタジオ 会議室 |
聞き手: | JAniCA大坪英之 |
大坪:「1/24秒計 ストップウォッチ(以後、「1/24秒計」)」を製作した経緯を教えてください。
村田:1993年当時、私はジブリで
「海がきこえる」という作品の演出助手をしていたんですが、
その時使っていた一周30秒で1/10秒刻みのアナログ式ストップウォッチに使いづらさを感じていて、
もっと使いやすいストップウォッチがないものかと考えていました。
私が馴染みにしていた国内で唯一のストップウォッチ製造卸売の丸山ストップウォッチ商会さん
というところがあるんですが、当時久しぶりに訪ねる機会があって、
その際おやじさんに、もっと目盛の刻みが細かいと便利がいいんですがという話をしたら、
「こんなのがあるよ」と見せていただいたのが、
一周6秒で1秒を25等分した特殊用途のストップウォッチでした。
これを見たときに思わず「惜しい!」とこぼしてしまいましたね。
「アニメは1秒間24コマが基本単位なので、1/24秒計だといいんですけど」と
おやじさんに伝えたところ、「文字盤さえあれば、(機構は)作れるよ」と
教えていただきました。
で、「海がきこえる」の作監をされていた近藤勝也さんにその話をすると、
勝也さんも同じくそういうストップウォッチが欲しいと思っていたということで、
たちまち「作ろうよ」という話になりました。
文字盤は、工業デザインをしていた経験もあり私の方で書くことにし、
印刷する費用を勝也さんの方から援助していただきました。
まずはじめは、身近な同僚に声をかけて、ある程度注文が集まった時点で16個、24個…と
丸山さんに発注していきました。当時は、1/24秒計の元になる1/25秒計の本体メカが
標準品としてあって、そこからの改造ということだったので、1個単位で発注ができました。
何年にも渡って少しずつ生産を続けたので、総数は把握できていませんが、
これまでの累計生産数は、全部で200個くらいではないかと思います。
大坪:製作時の問題点や実現する上での障壁がありましたか。
村田:
まず文字盤そのものを作ることからはじめました。
これが原版です(図参照)。
文字盤の原版は実物の6倍尺で作るのが基準らしく、
コンパスとカラス口とインスタントレタリングを使って作りました。
当時はパソコンとか使ってなかったので、手作りです(笑)。
次に、文字盤の印刷代の捻出ですが、これは近藤勝也さんのお陰でなんとかなりましたので、
あとは自分のところに注文が集まるたびに丸山さんに発注をしていました。
作り始めた当時、「アニメージュ」さんで記事を載せていただいたり(図参照)、広告を載せたりもしました。
「アニメージュ」1993年10月号の125ページに掲載
※資料提供:アニメージュ編集部
ただ、現状で同様のものが作れるかというと、ほぼ不可能、というのが私の結論です。
機械式ストップウォッチの需要が世界的に落ち込んでいて、
元になる本体メカが手に入りにくくなっているということを、
丸山さんからかなり以前から聞いていたんですが、
逆にそれなら極力まとまった数を発注すればメーカーさんも対応してくれるのではと思い、
2005年頃に私の知り合いのツテをたどって業界内に声をかけてもらい、
購入希望者を募ったんです。そしたら、200個ぐらいの注文がありまして。
その数の多さに私自身びっくりしたんですが、
それだけこのストップウォッチに対する需要があるのだということは嬉しかったです。
この数で注文してみて、出来れば生産再開の糸口になればと期待しましたが、
反面、この数でも駄目だったら、もう本当に駄目だろうという踏ん切りも着くかなと思いました。
で、丸山さんに問い合わせて、本体メカを作っていたハンハート社、
タグホイヤー社に問い合わせていただいたんですが、双方から返事がなく、
結局2005年末頃のその時点で、この1/24秒計は生産の継続が完全に出来ないという結論に達しました。
が、最近、他のスタジオさんから丸山さんに新規発注の問い合わせをしているらしくて、
改めて回答を待っているそうなので、状況が変わっていればいいなと期待はしています。
大坪:「1/24秒計」はどのような方が使っていますか。
村田:職種で言えば、演出/絵コンテ/作監/原画の方々に使っていただいてます。
人数比率で言うと、演出/絵コンテで3割、作画7割でしょうか。
使っている方々の傾向としては、「動きやタイミングにこだわりのある人」が基本ですが、
「(時計という)メカにフェチ性のある人(笑)」も多いと思います。
ずっしりしていてプラスチック製のものとは感触が違いますし。
ただ、具体的にどなたが持っているかはあまり詳しく把握していません。
仕事上で私と接触のあった方の比率が高いのは確かですが…。
使われ方としては、演出/絵コンテの方はタイミングをチェックする量が
物理的に多いですからハードに使用しているはずです。
滅多に聞きませんが「針が折れた」という人もいるくらいなので。
大坪:話は前後しますが、「1/24秒計」をなぜ作ろうと思ったんでしょうか。
村田:この業界に入った当時、
演出をやるにはストップウォッチが必需品ということだったので、
使いやすそうなものをいろいろ探していたんですが、
既存品のアナログの針式は1/10秒までの目盛しかありませんでしたし、
デジタル式の1/100秒単位のものではやはりコマ換算が面倒なのと、
あと、数字で表示されるため尺の分量が感覚としてとらえにくいので、
単純に針式の「1/24秒計」があれば便利だと思った、というのが理由です。
自分の前職で建築関連の設計をやっていた時は
「三角スケール(数種類の縮尺の目盛が一本にまとめられている定規)」というものがあり、
それがないと仕事にならない『必要な道具』でした。
アニメ業界に入ってみて、1/24秒単位という特殊な尺を計らなければならない仕事なのに、
それを計る専用の道具がないというのは、私にとっては驚きでした。
建築設計における「三角スケール」に相当するようなものが、
アニメ業界にも尺を計る道具として必要なのではないか、という思いがありました。
確かにアニメ業界は産業人口も少なく、
この少ないパイでは専用の道具を作っても利益が出にくいとは思いますが、
経緯的な理由で使いにくい機材をそのまま使用し続けるのは、
各スタッフの能力を発揮し辛くしているだけで、
業界全体にとって大きな損失ではないかと感じていました。
ですので、「個人的に欲しかった」というのと、
「あるとみんなが便利」という両方が、作ろうと思った理由です。
最後に
村田さんが現在使っているストップウォッチは製作してから16年も経ち、
数多くの作品制作において使われ、今では前面のガラスが外れて練り消しゴムで強引に固定されていました。
村田さんの話ぶりからも、文字通り『無くては成らない存在』になっていることを感じました。